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2012年11月10日

足利将軍の遺髪収納か 地蔵菩薩像頭部内に包み紙

 大津市歴史博物館は9日、三井寺(園城寺)にある室町時代前期の木造地蔵菩薩(ぼさつ)坐像をエックス線撮影したところ、頭部の中に納入品を包んだとみられる紙が見つかったと発表した。寺の文書に、地蔵菩薩に納入した記録がある室町幕府2代将軍足利義詮か、初代尊氏の遺髪の可能性があるとみている。

 三井寺には、足利家御用達と言われた仏師集団「院派」の作とみられる地蔵菩薩像が3体ある。金堂にある1体(高さ42センチ)の首の付け根には、頭部の空洞をふさぐ布があり、納入品があるとみて撮影した結果、約7センチ四方に折りたたんだ紙があることが判明した。

 地蔵信仰にあつかったと伝わる尊氏は、当時の三井寺金堂などを再建し、寺との関係も深かった。義詮が亡くなった翌年の1368年の「園城寺文書」には、尊氏が亡くなったときの先例に従って、地蔵菩薩に義詮の髪を入れて寺に納めたとの記述がある。仏像の制作時期が1350〜70年ごろとみられることから、義詮か、1358年に亡くなった尊氏の遺髪を納めた像と推測できるとしている。

 撮影に協力した東京文化財研究所の津田徹英文化形成室長(日本彫刻史)は「破壊せずに納入品が見つかった意義は大きいが、髪は細い線でも写るはずなので、髪があるかは慎重に判断しなければならない」としている。

 同博物館では13〜25日まで、地蔵菩薩坐像とエックス線写真を展示する。京都新聞 11月9日

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山王遺跡:古墳時代の豪族の居館跡、貝塚層も 都城創建前に生産・技術力−−多賀城


 県教委は、多賀城市南宮の山王遺跡八幡地区で、県内では珍しい古墳時代中期(5世紀)の豪族の居館跡や、高度な漁労具などを伴った同後期(7世紀)の貝塚層などを発見した、と発表した。この地域が古くから仙台平野の中心地の一つで、多賀城創建(724年)につながる生産力や技術力の基盤を備えていたことが明らかになった。現地説明会は10日午前10時半から。
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 古墳時代の居館は、一般的なムラとは異なり河川流域を支配する有力者とその配下の衣食住、政治、祭事などの拠点。今回、居館跡を囲む幅約4メートルの堀跡と推定高3メートルの材木塀跡が南北約70メートルにわたって確認され、住居や工房など居館内で現在までに見つかった建物跡は28軒に上る。


 このうち、鉄製品の鍛冶場とみられる工房跡からは、ふいごの先端につける羽口(はぐち)や砥石(といし)などが出土し、当時の最先端技術が導入されていたことがうかがえる。


 また貝塚は、当時の河川の蛇行地点に広がっていた。カキ主体の貝殻や鹿の骨を使ったモリ、ヤスなどの精巧な漁労具のほか、模様入りの小刀の柄や占い具なども見つかり、100戸単位の大規模集落のゴミ捨て場だったらしい。住民は船で川を下り、南側の現七ケ浜町付近の海と行き来したとみられる。


 このほか、多賀城創建後の奈良・平安時代では、碁盤の目状に道路で区画された古代都市の一端が改めて確認された。先に成果発表した多賀前地区と同様、貞観大地震(869年)の津波で運ばれた可能性のある砂層も見つかっており、専門家に分析を依頼している。


 震災復興関連の三陸自動車道拡幅などに伴う調査で、他県からの職員応援も得て進めている。毎日新聞 11月10日





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平岡遺跡:縄文前期後半の集落跡 竪穴住居14棟など出土


 県埋蔵文化財調査事務所(富山市五福、岸本雅敏所長)は7日、同市池多の平岡遺跡から縄文時代前期後半(約6000〜5500年前)の集落跡が見つかったと発表した。同時期の集落跡としては、立山町下田の吉峰遺跡に次ぐ規模という。10日午前10時〜正午、現地説明会がある。
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 道路建設に伴い、同事務所が今年6月から、約2250平方メートルを調査。その結果、竪穴住居14棟をはじめ、建物の柱穴、墓と、土器や石器などが多数見つかった。住居跡は、直径約100メートルのドーナツ状に点在。その内側には焼けた石が置かれた墓穴があり、墓域を囲んで住居がある「環状集落」という。この時代の集落としては珍しく、いずれも保存状態は良好。

 そのうち直径約6メートルと大きめの住居跡には、食糧を保存したとみられる深さ約80センチの貯蔵穴三つがあり、中心部にはいろりの跡と見られる焼けた土が見つかった。またその周囲には違う土をブロック状にして張り固めてあった。ほかに石の耳飾りや「管玉」と呼ばれる穴を開けた石のアクセサリーなども多数発掘。土器については東方系の「諸磯土器」や、西方系の「北白川式」などが同時に発掘され、東西文化が混在していることが分かる。

 周辺は、ファンや住民が縄文土器を見つけることでよく知られた遺跡だが、本格的な調査は初。同事務所の町田尚美主任は「県内では少ない縄文前期の集落の様子が分かるほか、当時の建物の構造や物流などが解明できる貴重な史料となるだろう」と今後の分析調査に期待している。毎日新聞 11月8日


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