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2012年09月13日

捨て場遺構:五城目・中山遺跡で発掘 縄文後期後葉、県内2例目

 縄文時代晩期(3000〜2300年前)に北海道南西部から東北にかけて栄えた「亀ケ岡文化」を中心に研究している弘前大亀ケ岡文化研究センターは12日、五城目町高崎の「中山遺跡」の発掘調査で、木の実の殻がまとめて捨てられた跡の「捨て場遺構」や、保存状態が良好な漆塗りの土器などが見つかったと発表した。捨て場遺構は縄文時代後期後葉3500〜3000年前のもので、同時期の遺構が見つかったのは県内で2例目。

 同遺跡は1900(明治33)年以降、3回の発掘調査が行われている。今回の調査では、中山遺跡にある丘陵地の南側にA区とB区の2カ所の区画を設け掘削調査した。

 A区は3500〜3000年ごろの地層が地表から約1・5メートルの位置に分布しており、トチやクルミの殻がまとめて捨てられた跡の「捨て場遺構」が見つかった。過去の調査でもトチやクルミの殻は見つかったが、今回の殻は中の実がすべてなくなっており、まとまって存在していることから、ヒトが食用などにして殻を捨てた跡と推定する大きな材料という。ほかに土器の破片なども見つかった。

 B区は3200〜2800年ごろの地層。丸い土器のつぼ(高さ約15センチ、直径10センチ)やくしなどの漆器、さじや皿などの石製品が見つかった。


 A、B区とも大量の土器や石器の破片のほか、花粉や植物の種子なども見つかった。

 同大日本考古学研究室の上條信彦准教授によると、中山遺跡は低湿地にあり、泥に埋もれているため微生物の分解作用が抑制され、植物の種子や殻、漆製品の表面などの保存状態が良好だという。上條准教授らは採取した種子などをふるいにかけて数量を分析。当時の縄文人がどれだけの植物を消費していたかを推定したり、種子のDNA分析で栽培用の植物だったかなどの解析を進めている。

 上條准教授は「捨てられた種子などの分量を推定することで、当時どれくらいの人が生活していたかなど、当時の生活様式が分かる。今回の調査の成果は大きい」と話している。毎日新聞 9月13日
posted by やまちゃん at 21:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 未配信ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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