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2012年11月10日

山王遺跡:古墳時代の豪族の居館跡、貝塚層も 都城創建前に生産・技術力−−多賀城


 県教委は、多賀城市南宮の山王遺跡八幡地区で、県内では珍しい古墳時代中期(5世紀)の豪族の居館跡や、高度な漁労具などを伴った同後期(7世紀)の貝塚層などを発見した、と発表した。この地域が古くから仙台平野の中心地の一つで、多賀城創建(724年)につながる生産力や技術力の基盤を備えていたことが明らかになった。現地説明会は10日午前10時半から。
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 古墳時代の居館は、一般的なムラとは異なり河川流域を支配する有力者とその配下の衣食住、政治、祭事などの拠点。今回、居館跡を囲む幅約4メートルの堀跡と推定高3メートルの材木塀跡が南北約70メートルにわたって確認され、住居や工房など居館内で現在までに見つかった建物跡は28軒に上る。


 このうち、鉄製品の鍛冶場とみられる工房跡からは、ふいごの先端につける羽口(はぐち)や砥石(といし)などが出土し、当時の最先端技術が導入されていたことがうかがえる。


 また貝塚は、当時の河川の蛇行地点に広がっていた。カキ主体の貝殻や鹿の骨を使ったモリ、ヤスなどの精巧な漁労具のほか、模様入りの小刀の柄や占い具なども見つかり、100戸単位の大規模集落のゴミ捨て場だったらしい。住民は船で川を下り、南側の現七ケ浜町付近の海と行き来したとみられる。


 このほか、多賀城創建後の奈良・平安時代では、碁盤の目状に道路で区画された古代都市の一端が改めて確認された。先に成果発表した多賀前地区と同様、貞観大地震(869年)の津波で運ばれた可能性のある砂層も見つかっており、専門家に分析を依頼している。


 震災復興関連の三陸自動車道拡幅などに伴う調査で、他県からの職員応援も得て進めている。毎日新聞 11月10日





posted by やまちゃん at 11:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 未配信ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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